写真説明:「山の日」に大山で実施された山岳救助隊の訓練を見守る北條さん(中央)(2023年8月11日、伊勢原市で)
爪痕から学ぶ…関東大震災 世紀の教訓④
「大震災と大雨が重なれば、再び同じことが起きかねない――」
伊勢原市の大山地区を管轄する伊勢原署大山駐在所に勤務して26年。警部補の北條保徳さん(49)は、着任時から肝に銘じてきた。手本とすべき「先輩」の存在もあった。
伊勢原署に残る記録
伊勢原署に残る記録や市史などによると、大きな揺れで大山には多くの地割れや亀裂が生じていた。震災2週間後には豪雨に見舞われ、9月16日未明に大規模な土石流が発生した。
異変に気付いた巡査が避難呼びかけ
当時、駐在所に勤務していたのは、佐藤幾之助巡査だ。濁流などの異変に気づくと、深夜にもかかわらず大声で住民に避難を呼びかけた。直後、山鳴りとともに65戸が流されたが、奇跡的に犠牲者は1人にとどまった。佐藤巡査の鋭い観察力と機敏な行動力は語り継がれ、北條さんが今、その役割を担っている。
竹が銃声のような音を立てて割れた
現駐在員が当時の被災者に聞き取り
北條さんは、かつて生存していた被災者にも話を聞いて回った。「鈴川は流れが一時的に止まった後、水が濁った」など、急激な水位の変化、水の濁りといった土石流の前兆があったことも分かった。山が崩れると、竹が「バン、バン」と銃声のような音を立てて割れる様子も伝えられた。北條さんは「体験談は生々しく怖くもあった」と振り返る。
写真説明:大山地区を襲った「山津波」の被害(伊勢原市教育委員会蔵)
普段から地域へ声がけ、川沿いの住民には情報提供依頼
同時に感じたのは「災害への備えを自分がしっかりやらないといけない」という思い。日常から地域への声がけを意識し、川沿いの住民には「流れや濁水など異変を感じたら通報を」と依頼している。大雨のパトロールの際は、斜面を流れる水にも注意を払う。
「異動させないで」…住民から嘆願書
住民にとって北條さんは地域の安心にもつながっている。元市消防団長で、消防団で30年以上活動した磯崎敬三さん(80)は「教訓をしっかりと引き継いでいる。有事を任せられる」と信頼を置く。住民が伊勢原署に「異動させないでほしい」と嘆願したこともあったという。
北條さんは伊勢原署山岳救助隊として年間50件近い遭難救助にも携わる。災害や遭難に関する救助の指導員を務め、日頃から若手には「濁った水は危険のサイン」などと助言する。
「最後まで駐在所で勤務を」
7月20日には大山ケーブルカーで地震を想定した訓練が実施され、けが人の搬送方法などを確認した。県内有数の観光地となった大山地区では災害時、登山者や観光客らをどう避難させるかも課題だ。
佐藤巡査が守った大山地区。「最後まで駐在所の勤務をやり遂げる。それまで教訓や知識を後輩にしっかりと伝えたい」。北條さんには強い責任感がある。
地震後の雨で土石流…地震の揺れより被害甚大
関東大震災で大山地区を襲った「山津波」は、9月16日未明の大規模なものだけではなく、各所で小規模なものも発生した。周辺の地盤は強固だったため、地震の揺れによる直接被害より、降雨が引き起こした土石流の被害が甚大で、犠牲者は計11人だった。
地区では2023年5月、震災100年を前に風水害対策の訓練を実施。住民70人ほどが佐藤巡査が残した教訓、土石流やがけ崩れの前兆を確認し、土のう作りも体験した。伊勢原市企画部の成田勝也危機管理担当部長は「地震後の雨にも注意が必要との教訓を得た。今後の防災に生かしたい」と気を引き締める。
◇佐藤巡査の主な行動
※伊勢原警察署のあゆみから
9月1日の地震で大山に無数の地割れが生じ、豪雨があれば山崩れを起こす状況。町民に避難準備を警告
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2週間後に豪雨が来襲。山に向かって見回りに行くと、濁流の勢いは予想以上に激しくなっていた
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大声で町民に避難を呼びかけ、各戸が避難したか見届けながら、最後の避難者とともに町を下る
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16日未明の「山津波」で65戸が流出して16戸が半壊。
1人が亡くなったが、他の住民は無事だった
(読売新聞 2023年9月1日掲載 厚木支局・小嶋伸幸)
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