鳥取大地震、今も残る80年前の「ひずみ」

写真説明:断層の影響で奥側が右に約1.5mずれた水路(鳥取市鹿野町末用で)

伝える 鳥取大地震80年(中)

80年前の鳥取大地震(1943年)の「ひずみ」が今も見られる場所が、鳥取市鹿野町末用(すえもち)にある。

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曲がった水路 規模物語る

まっすぐ延びているはずの水路が、民家の前で不自然に曲がっている。水路を横切るように走る「鹿野断層」が大きく動いた痕跡だ。
鹿野断層は東西に延びた長さ約8kmの活断層。鳥取大地震の震源となった断層の一部で、北側が東方向に約1・5m動いた。水路も鹿野断層を境として東に約1・5m、下に約0・5mずれており、地震のすさまじさを物語る。

本邦近世有数の規模

「今回の地震は本邦近世有数の大規模のものと謂(い)ふことが出来る」
大地震の翌年に県が発行した「震災小誌」は、各地の震度と震央からの距離を分析し、広大な範囲で揺れが生じたと指摘。死者・行方不明者が10万人を超えた関東大震災(1923年)や、津波が発生して3000人以上の死者・行方不明者が出た昭和三陸地震(1933年)に次ぐ大きな地震だったと記している。

1500回の余震

気象庁などが収集したデータによると、鳥取市で当時の震度階級で最大の震度6を記録。岡山や萩(山口県)で震度5、福井、大阪、高知などでも震度4となり、東日本から九州にかけての広範囲で揺れを観測した。境港市に置かれた地震計が振り切れるほどだったという。鳥取市では本震の後も年末にかけて約1500回の余震が確認された。

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