(行田市役所提供)
田んぼアートとは、色の異なる稲で水田に巨大な絵を描くアートのこと。埼玉県北部にある行田市の田んぼアートはギネス世界記録™️にも認定され、全国的にも有名です。
14年目の2021年度は「Edible Art(=食べられる芸術)プロジェクト」をテーマに、収穫米を使って災害用の備蓄食品ライスヌードルが誕生しました。
にぎわい創出のイベントを防災へつなげた取り組みを取材しました。米から生まれたライスヌードルについても紹介します。
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2021年度のプロジェクトの概要
田んぼアートは、市民参加のイベントとして行田市に根付いています。行田市の人口は約8万人ですが、2021年度は市内外から延べ539人が田植えに参加しました。
稲が育つにつれて、田んぼにはだんだんと絵が仕上がっていきます。
下の画像が2021年8月に撮影された田んぼアートの全景です。
(行田市役所提供)
「田んぼに甦るジャポニスム〜浮世絵と歌舞伎〜」をテーマに、歌舞伎役者と葛飾北斎「冨嶽三十六景神奈川沖浪裏」を組み合わせた絵です。埼玉県産のブランド品種「彩のかがやき」のほか、黒米や赤米など種類の異なる稲が使われています。
水田に隣接する古代蓮会館の展望室からは、稲の育つ様子や田んぼの全景を楽しめます。見ごろとなった7月中旬から10月中旬には多くの来場者でにぎわいました。
また田植えからアートの完成、収穫されるまでの様子は、日本語と英語対応のVRコンテンツ・動画コンテンツで配信されています。
(動画説明:田んぼアートのメイキングムービー)
そしてこのプロジェクトは、収穫後も続きます。
田んぼアートに使われた稲はこれまで収穫後、参加者に米として配布されていました。21年度は収穫後の米を材料に「ライスヌードル」が製造され、3kgの米とともに参加者に配られたのです。
写真説明:参加者用の米と、ライスヌードル(カレーうどん)
写真説明:配布会で参加者に米とライスヌードルが渡された
田んぼアートは田んぼアート米づくり体験事業推進協議会の事業で、行田市予算から運営費補助金として2021年度は1100万円が充てられました。また、2021年度は、日本博イノベーション型プロジェクト助成金として2291万9000円が文化庁及び独立行政法人日本文化芸術振興会より助成されました。
こちらが田んぼアートから生まれた「ライスヌードル(カレーうどん)」です。「エムエスディ」が開発し、非常食メーカーとして知られる「尾西食品」が製造に協力しました。5年5か月の長期保存が可能で、製造された6400食のうち行田市の災害用備蓄食として1200食、埼玉県防災学習センターに1000食が寄贈されました。パッケージには田んぼアートが描かれています。
米粉から作られたライスヌードルは、小麦や卵をはじめとするアレルギー物質(特定原材料等)28品目不使用です。幅広い層が食べることができる災害用備蓄食となっています。
田んぼアートから災害用の備蓄食品を開発した理由
ここからは田んぼアートから災害用備蓄食品を作った取り組みについて、行田市の江森裕一環境経済部長と間宮秀昭環境経済部農政課長、開発を担当したエムエスディの浅野高光取締役に聞いていきます。
――2021年度のテーマ「Edible Art」から伺います。
(田んぼアート米づくり体験事業推進協議会副会長でもある江森裕一環境経済部長)
江森さん:この田んぼアートは、もともと県内有数の米どころである「行田市のおいしいお米」PRを掲げた取り組みです。2015年にはギネス世界記録™️にも認定され、人気ゲーム「ドラゴンクエスト」を図案に取り入れた2016年度には、約12万人に来場いただきました。
(行田市環境経済部農政課の間宮秀昭課長)
間宮さん:一方で米あまりの状況が続き、「米の買取価格が年々下がる一方で苦しい」という米農家の声もあります。
江森さん:田んぼアートを足がかりに行田市産の米のブランド力を高め、米農家をバックアップしたい思いがありました。そんなときに、「Edible Art」として市民参加でアートを作り、その過程や収穫物も楽しめるコンテンツを作ろうという機運が盛り上がりました。
――災害用備蓄食につながった経緯を教えてください。
(エムエスディの浅野高光取締役)
浅野さん:田んぼアートの「Edible Art」というコンセプトを耳にし、「われわれに何かできることがある」と思いました。私たちの会社は、宇宙と地球上における生活課題に対し、課題解決の仕組みを生み出す商品の企画・開発を行っています。意外に感じるかもしれませんが、宇宙環境と災害の状況下は似ています。資源が限られている上、ゴミを捨てられない。水から食器に至るまで資源を循環させることが、宇宙環境で生活資材を考える上での基本です。
間宮さん:エムエスディは社会課題をビジネスで解決するソーシャルデザインに強みを持つ企業です。特に災害用備蓄食のコーディネーションに強みがあるため、協力いただきました。
浅野さん:過去に備蓄用ゼリー「LIFE STOCK」とジャイアンツ、福島県国見町産りんごのコラボ商品開発などを手がけ、そこから知見を得ています。同時に米あまりの現状についても聞きました。そこで、お米や田んぼアートをPRしつつ、社会課題に対する解決策に取り組むために米を活用した災害用備蓄食を提案しました。
――災害用備蓄食開発の背景をもう少し教えてください。
間宮さん:行田市は、荒川と利根川の2大河川に挟まれた平野部にあり、水害の危険性が高い地域です。2019年の台風第19号では、市内の一部地域で内水はん濫が発生し、家屋の床上・床下浸水などの被害が発生しました。
行田市として初めて避難情報を発令して避難所も開設し、多くの課題を認識しました。
その1つが食料です。市としてアルファ米やビスケット、ようかんなどを備蓄していますが、アレルギーのある方や乳幼児、高齢者などさまざまな市民が避難するなかで、食事もさまざまなニーズに対応する必要があると改めて感じました。そのときは一時避難だったため配布しなかったのですが。
――「カレーうどん」が完成しました。米がカレーうどんになったのはなぜですか。
浅野さん:台風19号の話を聞いて、災害時の食は「我慢して食べるもの」ではないものにしたいと思いました。避難生活が長く続くこともありますし、大変なストレスにさらされます。「食」は生活を再建するエネルギーとしても非常に大切です。ですから、万人に親しまれていて、活力がわいてくるような食事を考えたら、ライスヌードルを使った「カレーうどん」にたどり着きました。
江森さん:私も食べましたが、平常時でも食べたいと思えるクオリティです。
浅野さん:まさにそれを目指しました。非常時こそ、普段食べ慣れているものに近い味がほっとすると思います。小麦粉ではなく米粉を使ったことで、食物アレルギー表示の特定原材料である28品目を含まない製品になりました。
――米から災害用備蓄食品を作る取り組みはどうでしたか?
江森さん:新たな道筋が見えたように思います。
間宮さん:災害時に新たな食の選択肢が増えました。
浅野さん:「地産地消」はよく知られている言葉ですが、そこに防災の要素を加えた「地産・地消・地防」の取り組みがもっと広がると良いと思っています。近年のSDGsの盛り上がりもあり、社会課題を自分ごととして捉える人が増えています。田んぼアートのような地元に根ざしたイベントと組み合わせるなど、地域の防災力を高めるアイデアは無限大だと思います。
まとめ
災害用備蓄食「カレーうどん」作りには企画、加工、製品管理などで1022万1700円かかりました。災害用備蓄食作製は2021年度で終了しましたが、1200食が市の備蓄となったほか、参加した市民の元にも米とともに配られました。各家庭で田んぼアートの思い出とともに防災に活用されることと思います。行田市は、市産米のPRや高付加価値化について引き続き検討していくそうです。
<執筆者プロフィル>
青山 波瑠香
フリーランスライター
青山学院大学卒業後、医学系出版社で編集者として勤務。2017年に独立し、女性誌やインタビュー記事を多数執筆。企業広報誌、グルメ、美容・ヘルスケアなど、幅広いジャンルで編集ライティングや制作ディレクションを担当。
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