地表に断層!130年前の濃尾地震が示す巨大地震のメカニズム

写真説明:濃尾地震で地表に現れた断層(岐阜地方気象台蔵)

1891年に起きた国内最大級の内陸直下型地震

岐阜、愛知両県を中心に7000人超が死亡し、国内最大級の内陸直下型地震とされる濃尾地震から、2021年10月で130年となった。甚大な被害をもたらした一方で、それまで明らかになっていなかった地震のメカニズムを解明する端緒となり、今日の地震研究の礎とされている。

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濃尾地震とは

濃尾地震は、1891年(明治24年)10月28日午前6時38分、岐阜県西根尾村付近を震源に発生した。マグニチュード(M)8.0と推定され、同じ内陸直下型地震の阪神大震災(1995年、M7.3)、熊本地震本震(2016年、M7.3)を上回る。濃尾平野の広い地域で最大震度7を観測し、14万戸以上が倒壊。土砂災害、液状化現象による地割れや堤防決壊なども相次ぎ、岐阜、愛知両県を中心に7273人が亡くなった。

濃尾地震による被害の状況

濃尾地震では、激しい揺れにより広い範囲で土地の亀裂、陥没、隆起などが生じ、震源となった岐阜県西根尾村(現・本巣市)の水鳥(みどり)地区には、高さ6mにも及ぶ垂直の段差が出現した。「地下の岩盤のずれ=断層」が地表にあらわになった事例の記録はそれまでほとんどなく、被害の状況は世界に発信された。

写真説明:濃尾地震で、岐阜県西根尾村水鳥地区の地表に現れた断層(岐阜地方気象台蔵)

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