3.11の停電下で東北の警察無線を燃料運んで死守した

写真説明:震災後にライフラインが途絶え、日が暮れると車の光跡以外真っ暗となった(2011年3月21日、宮城県南三陸町で)

東北管区警察局情報技術解析課長 菊地光一さん

東日本大震災当時、東北管区警察局情報通信部の技術専門官でした。同部は東北6県の県警本部や警察署を結ぶ電話や無線など通信網の整備・運用を主な業務としています。

こちらの記事もおすすめ!→3.11秘話「釜石の奇跡」の裏に共助のリレーがあった

地震発生直後

発生時は仙台市中心部の庁舎にいました。警察のヘリコプターから撮影した各地の津波映像が次々と入り、家が流されていく光景に衝撃を受けました。警察無線は錯綜(さくそう)。110番が殺到して回線はほぼパンク状態でした。

写真説明:海岸線(左)から押し寄せた津波で浸水した宮城県名取市付近(2011年3月11日)

宮城県石巻市にある実家の両親の安否もわからない中、夕方頃には仙台市内の状況把握のため、車で青葉山の山頂へ向かいました。火災は見えませんでしたが、夜になると停電で市街地は真っ暗で、星が異様にきれいに見えました。

無断転載禁止

この記事をシェアする

オススメ記事

新着記事

公式SNS