【フォーラム採録】道路から考える新時代の防災・減災

激甚化する災害への備えとニューノーマル時代の防災・減災

災害が増加する中での道路の役割を議論する「道路から考える新時代の防災・減災」フォーラム(読売新聞社主催、国土交通省関東地方整備局後援)が2022年2月22日、オンライン形式で開催された。読売新聞が運営する防災情報サイト「防災ニッポン」の企画の一環で、道路政策の専門家や歴史学者らが過去の災害の教訓を踏まえ、首都直下地震などへの備えを議論した。

(登壇者)
◇国土交通省 関東地方整備局長 若林伸幸氏
◇政策研究大学院 大学客員教授 徳山日出男氏
◇国際日本文化研究センター教授 磯田道史氏
◇防災ニッポン編集長 笠間亜紀子
◇コーディネーター 政井マヤ氏

ハード・ソフト両面で対策 災害の教訓伝承も

――異常気象や地震などの災害が後を絶たない。

若林伸幸・国土交通省関東地方整備局長 国内では終戦直後に1000人超が犠牲になる災害が多発した後、しばらく大きな災害はなかった。しかし、ご承知の通り、阪神大震災、東日本大震災が起きた。時間雨量50mmを超えるような雨のさらなる頻発も懸念される。
国としては災害に強い幹線道路ネットワークの構築を加速させている。道路が通行止めとなった際、別の経路が確保できる「ダブルネットワーク」、復旧・復興活動の拠点としての「防災道の駅」の選定などだ。
国土地理院では、災害の教訓伝承のため、地理院地図に各地の自然災害伝承碑を掲載する取り組みを進めている。

若林伸幸・国土交通省関東地方整備局長

圧倒的な被害をもたらす災害は増えるはず

徳山日出男・政策研究大学院大学客員教授(インフラ政策) 終戦直後から1950年代まで毎年のように1000人以上が亡くなったのは、戦争で防災対策に手が回らなかったからだ。これを忘れ、ハード、ソフト両面での対策を怠れば、同じことが起こりかねない。
また低頻度だが圧倒的な被害をもたらす災害は、ますます増えるはずだ。

 

――過去の歴史から災害を学ぶ意味は大きい。

日本人は災害を忘れやすい 伝承碑は重要だ

磯田道史・国際日本文化研究センター教授(日本史学) 日本人は災害の多い風土に適応してきた。ただ、これは災害時にパニックが起きない長所として表れる一方、慣れて準備しない、災害を忘れやすいという面にもなる。
だから伝承碑は重要だ。江戸期の宝永地震(1707年)では船に乗って多くの人が津波で亡くなった。約150年後の安政の大地震でも同じような被害があり、教訓が石碑に刻まれたというような事例もある。

磯田道史・国際日本文化研究センター教授(日本史学)

災害の増加を懸念しながらどう対策していいかわからない

――日々の対策はどう進めるべきか。

笠間亜紀子・防災ニッポン編集長 昨年(2021年)のある意識調査では、「災害の増加を懸念する」と答えた人が9割を超えた一方、2人に1人は対策をしていない。理由で多いのが「どう対策していいのかわからない」だった。
「防災ニッポン」のサイトで、災害のたびに読まれるのが「100円ショップで防災グッズをそろえた」リポートだ。防災行動につなげるには、「これならできそう」という共感が大切だ。

――徳山さんは、東日本大震災で東北地方整備局長として対応にあたった。

徳山氏 震災の教訓集には「備えていたことしか、役には立たなかった」「備えていただけでは、十分ではなかった」と書いた。備えずにうまくいったことは一つもなかったが、加えて想定外が起きることも事前に考えなくてはならない。

首都直下地震への備えと大災害時の「自助」「共助」「公助」とは

――首都直下地震への国の備えは。

救援ルートを複数確保 「8方向作戦」を策定

若林氏 被害は最大で死者約2万3000人、全壊・焼失家屋約61万棟、被害額約95兆円とされている。
甚大な被害を想定すると、救命・救援や復旧活動のために、まず緊急車両が道路を通れるようにする「道路啓開」が最優先になる。関東地方整備局は、都心に向かう8方向のルートを48時間以内にそれぞれ最低一つ確保する「8方向作戦」を策定している。

徳山氏 災害では通常、人命救助が最優先で次に道路などの復旧だ。しかし、大規模災害時は逆になる。東日本大震災でも、東北地方整備局で東北沿岸部へのルートを確保する「くしの歯作戦」を真っ先にやった。
人命救助には最初の72時間が重要とされる。病院の自家発電の備蓄燃料も3日分程度だ。燃料が届かなければ患者の命にも関わる。

徳山日出男・政策研究大学院大学客員教授(インフラ政策)

――関東大震災(1923年)ではどうだったか。

磯田氏 災害は毎回違う。関東大震災は焼死、阪神大震災は圧死、東日本大震災は水死が多かった。前例はないことを肝に銘じる必要がある。
道路も無傷ということはあり得ない。事前に壊れることを想定した研究が大事だ。どこが、どのぐらいの確率で損傷するかを予測し、複数のルートから救助に行ける状態にしておく。
阪神大震災の時に神戸を訪れて気がついたが、道幅も重要だ。平時は広い道幅が無駄に見えるが、密集地では倒壊建物がふさぐ。避難や復旧には必要になる。

徳山氏 無駄と安全は紙一重だ。東北は東京と東北自動車道、国道4号の道路2本で結ばれている。東日本大震災では、このうち1本のある部分が通れなくても、もう1本が使えたのであみだくじのように進めた。

若林氏 首都圏では中央環状線、東京外郭環状道路、圏央道の三つの環状道路のネットワーク化が進めば、飛躍的にルート数が増える。

――「自助」では何が必要か。

笠間 まず命を守るための自宅の対策だ。家具の固定は自分でしかできない。備蓄も水、食料、トイレをできれば7日分備えたい。トイレは1人1日5回を目安に、4人家族で7日分ならと計算してほしい。
職場の地震対策の視点も大切だ。高層ビルの上層階は大きく揺れる恐れがある。転倒防止に加え、キャスター付きの事務機器が、人を直撃しないように固定することが必要だ。

笠間亜紀子・防災ニッポン編集長

若林氏 首都直下地震は、必ず来るという構えで対策をする必要がある。一人一人の行動の積み上げが被害の軽減につながる。

基調講演:「国と道路の大きな物語」災害増見通し計画を

経営コンサルタント 波頭亮氏

道路は、住居とならんで人間が一番最初に造った構造物だ。人間は米や麦などを作り始める前から道路を造っている。生活する上でそれくらい本質的かつ不可欠なものと言える。
国や国民生活も左右する。ローマ帝国は街道を張り巡らしたことで、人や物、情報が活発に行き交い、約1800年にわたり発展を遂げた。

経営コンサルタント 波頭亮氏

戦後の日本の高度経済成長を支えたのも道路だ。1962年から1990年代後半まで5度にわたる国土計画が策定され、道路が日本中に張り巡らされた。これに伴い、1人当たりの国内総生産(GDP)が世界で1、2位にまで大躍進した。

ここで押さえておくべき点は、この間に国内の乗用車の台数が、ほぼ100倍になっていることだ。道路はこうした時代の大きな変化を見通して計画を作らなければならない。
これが本日のテーマにつながってくる。今後、何が大きく変わるのか。二つある。一つが新しいテクノロジー。そして、もう一つが気候変動を背景とする自然災害の増加だ。

1970年からの10年間で地球規模の激甚災害の発生件数は600件程度だったが、2010年からの10年間では5倍の約3000件に増えた。それに伴う経済損失も0・2兆ドルから1・4兆ドルと7倍に増えた。日本でも近年、豪雨による洪水が毎年のように発生している。

また、阪神大震災、東日本大震災を被ったように、日本は先進国の中でも地震の危険性が高い国の一つだ。
「首都直下地震」は30年以内の発生確率が70%とされ、その経済損失(想定被害額約95兆円)は、GDP換算で16~17%に匹敵すると推計されている。

今の新型コロナウイルスの感染推移の予測を一例として、現在の確率計算の精度はかつてに比べ非常に向上している。30年以内で70%というのは、決して軽視してはならない数字だ。
道路を造るには50年、100年先を見通す姿勢が必要だ。今起きている様々な激甚災害、高い確率で起こるであろう大型地震への備えという新しいファクターが、これからの道路のあり方を考える上での非常に重要なテーマになる。

(読売新聞 2022年3月15日掲載)

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