3.11気仙沼の津波動画を撮影から10年封印し公開した理由

すぐ公開するつもりだったができなかった

撮影した当初は動画を公開するつもりだった。だが、「家が流された」とうなだれる住民の声やサイレンの響く映像を見るうちに恐怖がよみがえった。家族は避難して無事だったが、知人も亡くした。「もう津波を思い出したくない」との思いが強まり、誰にも動画を見せないことにした。

たまたま震災のことが話題に上った

2021年11月、津波で父親を亡くした取引先の男性との会話で偶然、震災が話題に上った。話の流れで動画の存在を打ち明けると、「後世のために公開したらどうか」と諭された。

当時の恐怖は今も心に深く刻まれている。だが、あの日から10年以上を経て、「動画が誰かの命を守る教訓になるかもしれない」と思う自身に気づき、動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開すると決意した。

公開して…

動画の反響は想像以上に大きかった。「当時の人々の会話や息遣いを感じる貴重な映像」「地震が発生したらすぐ逃げないといけないと感じた」など公開直後から動画のコメント欄に5000件を超えるメッセージが書き込まれた。動画の再生回数は1000万回を超えた。

畠山さんは、復旧工事で津波の痕跡が消えていく町を高台から見下ろしながら話す。「津波が大勢の人の命と町を一瞬にして奪った事実を忘れてはならない。津波から命を守るための教訓として、この動画が多くの人の役に立ってほしい」

(読売新聞 2022年2月28日掲載 松山支局・喜多河孝康)

※畠山さんが公開した動画はこちらから(https://www.youtube.com/watch?v=sM0voN702fo

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