豪雨災害時の高齢者施設(前編)夜間に浸水したらどうなるか

シナリオ2 担架に乗せ2階へ…施設孤立

周辺が冠水し、施設は孤立状態となった。いつまで雨が降り続けるのか不安に駆られるなか、花子は「もう少し早く避難を決断すべきだった」と悔やんだ。

入所者のほとんどは就寝中だったが、雨音で目覚め、不安そうに起き出してくる人もいた。花子は入所者に対して「大丈夫ですよ」と声をかけたが、自分自身も一抹の不安を払拭(ふっしょく)することはできなかった。

しばらくすると施設1階は床が見えないほどに浸水し、危険が迫ってきた。就寝中の入所者を起こし、2階への避難を始めた。

避難を始めると停電が発生し、エレベーターが使えなくなってしまった。そこで懐中電灯で暗闇を照らし、担架に乗せた入所者を階段で運ぶことにした。

夜間のため施設職員は手薄で、作業はなかなか進まなかった。帰宅している職員を呼び寄せようと考えたが、道路の冠水で、すぐに駆けつけられそうもないため、諦めるしかなかった。

階段の幅が狭く担架が壁につかえ苦戦したが、職員と力を合わせ、少しずつ階段を上へ進んでいった。無我夢中でどうにか全員を2階に避難させた時には、夜明けが近づいていた。

シナリオ3 暗闇の中で応援待つ…停電続く

2階に避難できたが、停電は続いているため、照明は使えない。暗闇の中で2階のフロア全体を不安が包み込む。花子は「朝になれば、応援が来てくれますよ」と職員を励ました。

しばらくすると80歳の入所者が小さな声で「水が飲みたい」と言った。しかし水や食料は1階に残したままで、取りに行けない。2階に備蓄はなく、花子は「もう少し待ってくださいね」と我慢をお願いするしかなかった。一人一人に声をかけ、体調を気遣いながら、夜が明けるのを待ち続けた。

雨がやみ、辺りが明るくなると、窓の外に見慣れた田園風景はなく、広大な土色の水面が広がっていた。花子は事態の深刻さに言葉を失った。

救急隊員がボートで駆けつけてくれた時は涙がでそうになった。入所者の搬送が終わり、職員にも一安心の表情が見えた時は、正午に近かった。

夕方には、太郎を含め他の職員も駆けつけ、収拾作業に加わった。花子は近隣施設への支援要請や入所者の世話、浸水施設の片付け作業、行政機関への連絡などの業務に追われた。

全員が無事避難できたのは不幸中の幸いだったが、肝を冷やした一夜だった。(後編に続く)

(読売新聞 2021年10月12日掲載 「防災ニッポン 高齢者施設の避難」 社会保障部・栗原守、小野健太郎)

後編では、「避難確保計画」作成の六つのポイントや垂直避難についてなど、お年寄りの命と安全を守るための具体的な方策について紹介します。

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